Bさんの場合 『もし家族三人が難病を発症したら』

我が家は父親、母親、長男、次男の4人家族です。

DRPLA患者は次男、現在15歳で家系内新規発症です。

次男は赤ん坊の時から発達が遅く感じられて病院に相談していましたが、個性の範疇だと言われ様子を見ていました。

1歳半になっても一人座りや立位、歩行など出来ない事から療育を始めました。色々と検査をしても異常は見つからず、その内成長すると思っていました。

よく笑い、食べる事が大好きで、寝返りで大好きな兄を追いかける活発な子でした。

就学前は電車で片道1時間半の療育センターに母子通園し、周りのお子さんは少しずつでも成長していく中で、我が子はじりじり退行していきました。

5歳でMRIで小脳の萎縮が確認され、7歳でてんかん発症。

特別支援学校に入学し、段々経口での食事が難しくなり9歳で経鼻栄養に、10歳で胃瘻造設をしました。

11歳直前に、DRPLAであるとの確定診断がおりました。

15歳の現在、生活は全介助のまま、意思疎通も出来ません。

薬を使用しないとてんかんの他に筋緊張、舞踏・ジストニアを主徴とする運動過剰症が出る為、毎日10種類ほどの薬を胃瘻から入れて日中も覚醒度低く過ごしています。

本人は、今まで出来ていた事が出来なくなる自分をどう感じているのか。

出来ていた事と言っても、食べる、笑う、座る、などから、ステージは楽な呼吸や唾液の嚥下、まばたきといった生命を維持する為の動作に移行していっています。生きているだけで精一杯の今を、幸せだと思っているのでしょうか。

家族で、次男を愛し、守っていこうと思っていますが、この病気の残酷さは、今後夫や長男も発症する可能性を有しているという事です。

大人になってからの発症は、要介護になるだけでなく性格の変化も伴う病気です。また親族の将来に影響するかもしれない為、近い親族にも詳しい話がしにくいのです。

重症心身障害児を守って下さる制度が少しずつ整ってきて、大勢の支援者に支えて頂いて感謝していますが、母の私は常に深い不安感、絶望感、孤独感を抱えています。

自分が家族の生活を支える事になった時に備えて仕事をしようと思っても、次男のケアで動ける時間は少ないです。

数年後、仕事が無い状態で、愛する家族3人の介護をする事になるかもしれません。

行き止まりと分かっている暗いトンネルを歩いている気持ちです。

次男はリピート数81(53以上が異常伸長、数が多いほど重症度が高い)、5年前に「退行の速度から考えると、医学的にあらゆる手段を尽くしても、成人年齢を迎えられる可能性は低い」と言われました。

それでも、家族会と出会い、この病気と闘おうとして下さっている関係者の方々の存在に力を頂き、医学の進歩に希望を見出しています。

この病気の事、苦しんでいる家族の事を知って下さる方が一人でも増えて、「DRPLAが遺伝性、進行性、治療法のない病気」ではなくなる日が、来てくれる事を願います。

どうか宜しくお願いいたします。