私の家族は、夫と娘が3人います。
そしてDRPLAは、夫と、結婚している下の娘2人が発症しています。
発症年齢ははっきりしていませんが、夫は50代かその前、娘たちは20代からはじまっていたのかもしれません。
一番つらかったことは夫の性格の変化、感情抑制ができないこと、特に怒りです。ささいなことや原因のよくわからないことで大声でどなって怒る、おどす、物を壊しました。飲まなくても起きますが、お酒を飲むとさらにひどくなります。
家の中でだけでなく外でも、少しでも気に入らなければ睨んだり、怒ったり、お店でも電話でも同様なことが起きました。
止めればさらに怒る。警察を呼んだこともあります。
自分の夫ですが体も大きく力も強いのでとても怖かったです。病気のせいでおきたことではありますが、介護をしている私も人間です。1人では抱えきれないこともあり、そのことによるPTSDがあります。
夫は、退職し仕事を転々とし、最終的には障碍者雇用にしてもらいました。今考えれば人間関係と知能低下や認知により本来の専門的な仕事ができなくなっていっていたのではないかと思われます。
それに加え歩行時のふらつきがひどくなってきたこと。酔っぱらっているのではないかといわれたこともあります。
夫は現在、怒ったり物を壊すなどの行為はおちついてきています。でも外出時の介助量は増加しました。転倒リスクも大きいし、最近は座って何かをすると後ろに倒れそうになります。
病気が分かってからは「俺はいいから、娘たちに薬が間に合ってほしい」といいます。それが切ないです。
そして、娘2人は、夫には起きなかった強直性痙攣が発症をしるきっかけでした。
娘も性格の変化はありましたが、おなじではなく、仕事も知能低下、認知で覚えることができなくなり、ふらつきでできなくなりました。今振り返ると、アルバイトを転々としていたのも、徐々に覚えられなくなったからだと思います。
現在、夫も娘も歩行が難しくなり車いすに移行、日常生活も細かな動作ができなくなりました。会話も聞き取りにくくなり嚥下も困難です。
娘たちはお婿さんの協力で、どうにか生活していますが、認知、知能低下も進行し、衣類の選択や着方などが理解しにくくなっています。全ての行為に見守り介助が必要です。
特に下の娘は、子供ができた後に急激に病気が進行し、育児が難しくなっています。知能低下、性格変化から、6歳の我が子と喧嘩になる事が多いです。幼い孫の発育に与える影響も心配です。
遺伝性疾患は1家族の中で発症します。
患者数は何人で出ますが1家族3人とはでません。1人で3人を見る多重介護が発生します。また今は発症していなくても、残った娘が発症するかもしれない不安を常にかかえます。
そして、辛いことに同じ疾患でありながら、先に発症した夫よりも痙攣をおこす娘たちのほうが症状が重いです。普通にできていたことがどんどんできなくなり、物事を理解できなくなり性格まで変わっていく。
治らない進行していく病気をかかえる家族は言葉では言い表せないくらいつらく、悲しいです。その病気の進行を何年もかけて目の前でみていかなくてはならない。泣いても泣いても涙が止まることはありません。
そこに、さらに追い打ちをかけるように経済的な負担も生じます。
治療薬が欲しいです。希望があるなら、治験があるなら、このまま進行を待つよりも治験がしたいと思ってます。
